2007.07.06
シボレー、「北京~パリ・モーターチャレンジ」で上位を独占
5週間前に北京を出発したシボレー、全11台が無事パリへ到着
パリ - 今年の「北京~パリ・モーターチャレンジ」では、5月27日に北京を出発した全11台のシボレーが、無事にパリへ到着し、上位を独占する結果となった。参加した135台のヒストリックカーのうち125台が、疲れ果てながらも笑顔を見せるクルーとともに、ゴールのパリ・ヴァンドーム広場に姿を見せた。ヴィンテージ・カテゴリーでは序盤から3台のシボレーがレースをリード。最終的に1位、2位、4位でフィニッシュした。特にグラベル路で見せた11台の走りは、シボレーのきわめて堅牢な造りを証明した。1929年モデルのシボレー・ロードスターをドライブしたアイルランド人のマイケル・ベイリーは、「シボレーの各車はきわめて好調だった。」と語った。最速というわけではなかったものの、アクシデントの少なさで他車を圧倒したことは、その確かな製造品質の証でもある。ベイリーは、「私の車両について言えば、ステアリングに2回の不具合が出ただけだった。今回のようなタイプのレースとしてはきわめて良い方だと思う。」と語った。
競技中は現地のシボレーディーラーが各チームをサポート。参加者自身による修理のためのワークショップの貸し出しと、タイヤ、バッテリーを始めとするあらゆる部品の提供を行った。こうしたサポートは、シボレーの各チームから非常に高い評価を受けた。
今回優勝したシボレーのドライバーは、デビッド・ウィリアムズ。彼は、あるジャーナリストから北京で取材を受け、今回のレースでもっとも恐れていることは何かと問われたところ、「妻と5週間もクルマの中で一緒だということ。」とジョークを飛ばした。パリに無事到着後、妻のサディーは、「ナビゲーターを務め、どの道を行くか、どちらに曲がるかなどをすべて自分で決めるということは、時には大きなストレスになったが、今は家に帰れることがとてもうれしい。でも、旅の間もストレスだったのに、これからもまだ夫と会話をしなければならないのよ。」とジョークで返した。
パリに到着した日の晩には、参加者とその家族のためにパーティが開催された。その席上で、1930年モデルシボレー・クーペのドライバー、ミシェル・シャピロは、「35日間もドライブを続けたのだから、早くハイヒールを履いて、新しいイブ・サンローランのドレスを着たい。でも、レース中にシボレーから素晴しいサポートを受けたことや、通過したすべての国々のシボレーチームが暖かく出迎えてくれたことは、今回の旅を今までにない特別な経験にしてくれた。」と語った。
シボレーチームの成績は以下の通り
ヴィンテージ・カテゴリー - 1921年~1940年(参加台数: 76台)
1. #88 デビッド・ウィリアムズ(英国)/サディー・ウィリアムズ(同) 1938年型シボレー・ファンジオ・クーペ
2. #85 ザビエル・デル・マーモル(ベルギー)/キャサリン・ジャンセン(同) 1937年型シボレー・コンバーチブル
4. #87 ポール・メリーウェザー(英国)/サンドラ・メリーウェザー(同) 1938年型シボレー・ファンジオ・クーペ
18. #79 リチャード・テイラー(米国)/アントワネット・テイラー(同) 1940年型シボレー・クーペ
30. #26 アンドリュー・ベイリー(アイルランド)/マイケル・ベイリー(同) 1929年型シボレー・ロードスター
33. #90 リチャード・カーティス(英国)/トゥンクー・イドリス・シャー(マレーシア) 1940年型シボレー・ファンジオ・クーペ
37. #89 アラン・グリサイ(ベルギー)/トレーシー・カーティス-テイラー(英国) 1941年型シボレー・ファンジオ・クーペ
49. #34 ダン・レンシング(米国)/ミシェル・シャピロ(同) 1930年型シボレー・クーペ
70. #29 バリー・フロスト(オーストラリア)/リン・デ・レーシー・フロスト(同) 1928年型シボレーABロードスター
クラシックカテゴリー - 1941年~1960年(参加台数: 34台)
6. #109 フィリップ・ハスラム(英国)/イヴォネ・ハスラム(同) 1950年型シボレー・ベル・エア
26. #97 テレジータ・アギュラー(ウルグアイ)/ハイレ・アギュラー(同) 1939年型シボレー・クーペTC
「北京~パリ・モーターチャレンジ2007」の公式ウェブサイト: http://www.pekingparis.com
シボレーチームについてのすべてのリポートおよび写真は、http://media.chevroleteurope.comを参照。
以上

