HISTORY

  • 1953-1962 FIRST CORVETTE
  • 1963-1967 STING RAY
  • 1968-1982 TRUE AMERICAN SPORTS
  • 1983-1996 WORLD GRAND SPORTS
1968-1982 TRUE AMERICAN SPORTS

3代目コルベットは1968年に登場した。 カタチは1965年のニューヨーク・インターナショナル・オートショーで、“スタイリング・スタディモデル”として一般に公開された「MakoShark・」とほぼ同じ。 いわゆるコークボトル・ラインを採用し、前後のフェンダーに強烈なアクセントをつけた。 ボディ・バリエーションは、クーペとコンバーチブルに加えて2分割の取り外し可能ルーフ(いわゆるタルガ)の3タイプになった。

シャシーやエンジンなどといったハードは基本的にC2からのキャリーオーバー。 オプション設定されるエンジンのラインナップも先代同様、充実したもので排気量の拡大傾向はC3でも続いた。 相変わらずレース志向が強く、開発陣が望むGTスポーツカーとしての性質を手にするにはまだ時間が掛かった。 もっとも、1970年代にスポーツカーを揺るがすオイルショックにより、路線変更を余儀なくされることになるのだが・・・。


1968 CORVETTE SPORT COUPE 過激なまでのハイスペックで、“アメリカ唯一の本格スポーツカー”という道を邁進し続けたコルベット。 1968年にフルモデルチェンジした3代目(C3)は、1965年に公開されたスタイリング・スタディモデル“MakoShark・”のコンセプトをそのまま受け継いで登場。 シボレー・ブランドのイメージリーダーに位置づけられるコルベットは、スタイリング面では従来通り強烈なアピアランスを手にしながら進化した。 ただし、シャシーのレイアウトやエンジンのラインナップはC2からのキャリーオーバーだった。
1969年、標準仕様のエンジンが排気量を5735ccに拡大。 ただし、スペックは従来搭載されていた5358ccエンジンと変わらない。 この年、C2にオプション設定されたワークス・ストックカー用エンジン、L88(公表430psだが、実際は500psを超えていたという)をアルミブロック仕様にしたZL1が投入された。 強力なパワーはもちろん、軽量化をも実現したエンジン。 ちなみにオプション価格は3000ドルだった。 安く聞こえるかもしれないが、当時の車両価格が4780ドルだったというからかなり高額なオプション。 実際、市場に出回ったのは僅か2台しかない。

1970年にオプション設定されていたエンジンは、5735ccの350ps仕様(L46)と370ps(LT1)、そして7440ccの390ps仕様(LS5)。 LT1エンジンはスペックこそ350psだが、レースチューンに対応できるモノだった。 ハイパワーを追い求めたコルベットに、路線変更が強いられたのは翌年から。 オイルショック後ということもあり、大排気量エンジンの存在にクエスチョンマークがついた。 と同時に公害問題、衝突安全など、自動車が引き起こす社会問題への対応策が求められたのだ。

1976 CORVETTE 1971年、排出ガス規制強化にともない、レギュラーガソリンに対応できるようエンジンが変更を受けた。 また、三元触媒が取り付けられたのもこの年からだ。 結果として標準仕様のエンジンは300psから270psに、オプション設定されていたLS5は390psから365psに、LT1は350psから330psにそれぞれパワーダウンを余儀なくされた。 とはいえ、実質レースに対応できるオプションは更なる充実を図った。 まず、7440cc&最高出力425psのLS6エンジンを新たにラインナップ。 また、LT1とLS6エンジンを組み込んだパッケージオプションも追加した。 中身は強化ブレーキ、クロス・レシオMT、フロント・スタビライザー、ハードな足回り、トランジスター・イグニッション・システムなど。 時代背景が影響してか、高額だったためかLS6エンジンは188台、パッケージオプションは20台しか販売されなかったという。

1972年、最高出力表示が従来のSAEグロスに替えて、SAEネット表示を採用した。 そこで、標準仕様のエンジン最高出力は200ps、LS5エンジンは270ps、LT1エンジンは255psとなった。 L6エンジンは、高まるハイパワーカーへの批判(排気ガス問題や交通事故)により廃止されてしまった。 そして、ハイパワースポーツからGT色を強めることになった。 ハード面では、LSDや4輪ディスクブレーキ(フロントはベンチレーテッド)などを標準装備。 また、この年V8エンジンをミッドシップとしたコルベットのコンセプトカーが公開され、周囲に大きな期待をもたせた。 結果的にこのコンセプトカーは市販化されるには至らなかった。 理由は搭載しようとしたロータリーエンジンの燃費性能。 折しもオイルショック直後だったので、やむを得なかったのだろう。

1978 INDY PACE CAR REPLICA 1973年からC3はアイアンバンパーを捨てた。 標準仕様のエンジンは5735ccV8OHCとなり、燃費改善、排気ガス規制をクリアするため最高出力180ps/4000rpm、最大トルク30.0kg-m/2400rpmと物足りない数値に。 オプション設定されるエンジンも整理され、210psを発揮するL82のみとなった。
1978年にC3はマイナーチェンジを受けた。 リアウィンドウが大きなワンピース型のものへ変更。 時速5マイル(約8km/h)程度なら、衝撃をバンパーが変形し受け止め、元のカタチに戻る「5マイルバンパー」を装備。 よってフロントバンパーの形状も変わった。 1981年、オプション設定されるエンジンは廃止。 また、この年にコルベットの生産拠点は、セントルイス工場からボーリンググリーン工場へと移った。 C3最後の1982年に、標準仕様エンジンは、従来のキャブレターに替わってスロットル・ボディ・インジェクションを装備。 最高出力は200psへとパワーアップした。 フルモデルチェンジは、開発作業の遅れにより4代目にバトンタッチしたのは1984年。 よって1983年式コルベットはラインナップ落ちすることになったのだ。

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